CIRQUE DU SOLEIL I

Dralion(ドラリオン)、Alegría(アレグリア)、Quidamキダム)・・・、10/1に日本初の専用劇場が浦安市に誕生し、日本でも注目をあびるシルク・ドゥ・ソレイユ。世界210都市で公演、累計7,000万人以上の動員実績を誇るパフォーマンス集団で、サーカス界に君臨するリングリングサーカスが100年以上かけて到達した売上を20年弱で達成。世界で成功する必勝のビジネスモデルを作り上げたグローバル企業として、ビジネススクールのケースでも紹介されるほど。

今年の夏にラスベガスの常設スタジオで見た「KÀ(人間の心に宿るさまざまな魂の総称)」、ステージ自体が立体的に浮き上がる圧倒的な空間演出に度肝を抜かれた。ミュージカルや芝居に一度も足を運んだことのなく、アレルギーさえある私だが、別の演目を見てみたいと思わせるシルクの魔力について、名著「Blue Ocean Strategy」を参考に本質に迫った。

シルクとは

簡単に言うと、「シルク= サーカス+ミュージカル+オペラ+バレエ+something=画期的エンターテイメントショー劇団」。奇抜なコスチュームをまとった出演者が、映画セットのような巨大な舞台装置を舞い、トランポリン、空中ブランコ、新体操など、サーカスの要素演技を次々と繰り広げていく。どの作品も一貫したテーマとストーリーを持って、オペラやミュージカルを鑑賞するような感覚で楽しめる。

シルクの魔力

1) 戦略キャンバス

シルクの特徴をうまく表現したのが下図の戦略キャンバス。横軸は競争要因、縦軸は各社の力の入れ具合。動物ショーと花形パフォーマーを奪い合い、隣接する舞台で同時にショーを行い、館内グッズ販売に注力する従来モデルに縛られた結果、地域サーカスと同じような形を描くサーカス業界の雄リングに対し、シルクの価値曲線は際立つ。このメリハリを「取り除く」「減らす」「増やす」「付け加える」に分解したのが、下表のAction Matrix。

「取り除く」: 従来型モデルからの脱却

  • 動物: 従来型のサーカスでは、動物は観客の目を引く重要な要素だったが、購入費、維持費(教習、健康、飼育場所、保険)、輸送費など、最もコストがかさむため、動物を排除。
  • 花形パフォーマー: 出演者は皆独特の衣装と化粧をし、誰が演じているのか判別不可。作品の世界観を引き立たせると同時に、代役が演じても見分けがつかないようにしている。これによりケガなどによって、花形パフォーマーが欠けた場合のリスクを回避。さらに、言語は不要。ショーの内容に手を加えなくても、同じ演目を様々な国で上演可能。

「付け加える」: ライブ・エンターテイメント業界から持ち込み

  • 複数の演目: 全ての人に同じショーを観てもらおうという発想を捨て、ブロードウェイのミュージカルのようにいくつもの演目を提供。何度も通う仕組みを構築。
  • ストーリー性: 一つ一つにテーマとストーリー性を与えることで、劇作品に似た趣。
  • 芸術性の高いダンス: 崇高なダンスは演劇とバレエの世界から吸収。


2) バリュー・イノベーション: 差別化と低コストを同時に実現

競合他社とのベンチマーキングを行わず、サーカス業界のベストプラクティスを打ち破り、費用負担の大きい要素を捨ててコストを大幅に下げる一方、他業界の要素を取り入れ買い手の価値を上げ(WTP)、差別化と低コストを両立。つまり、手頃な価格設定によって買い手の価値を高め、それをテコに総需要を新たな水準に引き上げ市場全体を拡大。そして売上の上昇と共に、時間の関数で規模の経済が働きコスト低減が助長される好循環。実現にはバリュー(実用性、価格、コスト)とイノベーションの調和が必要。

3) ブルー・オーシャン戦略: 競争のない新しい市場空間

限られたパイを奪い合い、血みどろの競争を余儀なくされる従来型の競争「レッド・オーシャン」。背景には「領土が限られているため、敵を打ち負かさないと繁栄できない」という前提があり、戦略論もマイケル・ポーターの価値を高めるとコストが増え、コストを下げると価値の面で妥協せざるをえない「差別化(価値)と低コストはトレードオフの関係」に根ざす。

一方、競争相手を打ち負かそうという試みを捨て、競争のない新しい市場空間「ブルー・オーシャン」を創造、差別化と低コストを同時に実現したシルク。斜陽産業の中、チケット価格をあえて演劇と同水準(サーカス業界の数倍)に設定。子供を中心に家族世帯をターゲットにしたサーカス業界に対し、劇場価格慣れした大人や法人を対象にしたシルク。サーカスと演劇の枠だけを集めて、それ以外の要素は取り除くか役割を軽くし、ライブ・エンターテイメントの新境地を開拓したシルク。斜陽産業であったからこそ、危機意識があったからこそ、従来の観念から脱却できたのだろう。