直観と先見性 I

概ね「現状」の問題解決や対応が得意な左脳・論理思考タイプと、「将来」のリスク回避や機会発見など予見が得意な右脳・直観タイプの2つに分かれる。変化が激しく乱気流の世界では、とりわけ先見性が企業の生死を分ける。今回は、私の人生を通じた主要課題の一つ「先見性」について、その基点となる直観とからめて・・・

わずかな兆しで将来を察する直観力

誰にも分かる現象化された点「現象の極点」と、目に見えない「潜象の極点」にはかなりのズレがある。例えば、症状が出て気付く病気。健康に気を配っている人が、いつもとは違う違和感を重病の兆しと直観し、病院で検査したら初期ガンだった。

あるいは、「よりよい未来へといざなうこと」が必須な経営者、その中でも超一流クラスでは、

  • 「一つのことを一生懸命やっていると、そのものごとについて、ある程度予見できるようになる」 松下幸之助
  • 「百歩先を見るものは狂人扱いを受け、現状のみを見るものは落伍する。十歩先を見る者のみが成功する。」 阪急グループ創業者 小林一三

推理や分析によらず、わずかな兆しで将来を察する直観力。まだ現象化されない潜み隠れた震えのような物事のかすかな動き、「兆し」というシグナルをだれもが受け取っているものの、それを前兆・予兆として直観し、行動できるかどうか。

「軽蔑」表現に注目すると夫婦関係は15分で予見可能

『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』によると、わずか15分間、夫婦げんかのビデオを見るだけで、その夫婦の15年後を9割の確率で予測できたという実験。

私は敵対的な感情に注目すれば分かるはずと思っていたが、数ある中から「防衛、はぐらかし、批判、軽蔑」の4つ、とりわけ「軽蔑」の感情が最も重要とのこと。それは、夫婦げんかで相手を批判しあい、それが相手を見下す軽蔑 (英語では文字通りlook down on) したような話し方をすると、より関係が悪化しやすいため。その背後には、相手を自分より下に置いて、上下関係を作ろうとする支配欲がある。

敵対的な感情は男女で違いがあり、女性はより批判的な一方、男性は問題をはぐらかそうとする傾向がある。例えば、妻が子供を私立に入れるか公立にするのか教育問題などについて話し始め、詳細な将来設計まで及ぶと、次第に夫は「そんな先のことまで分かるわけがない」と、イライラして顔を背ける。すると妻はさらに夫を批判し、過去の問題などをも蒸し返して、よりこじれる。あるいは、浮気の気配を察知した妻が夫をヒステリックに問い詰める一方、夫は「僕たちは深い信頼関係でつながっているのに、ほかの女性となんてありえない、なんでそんなことを言うの? 好きなのは君だけだよ」と、はぐらかす。

しかし、軽蔑には全く男女差がない。この感情さえ測定できれば、夫婦関係について全て知る必要はない。つまり、夫婦関係の分水嶺は、「軽蔑/敬愛」にある。

参考-「敬愛」: 円満な夫婦関係の潤滑油

「軽蔑」という本筋の妥当性について、「敬愛」という観点から禅僧 南直哉さんいわく、
愛の本質は、自己愛=エゴ=愛欲。愛するという根底に、愛されたいという思いがあれば、それは取引。一生続く愛というのは、母親の愛以外に殆どなく、多くは相手を思い通りにしたいという支配欲がある。仏教では「慈悲」という言葉があるが、そこには支配する感情はない。あくまで結果として相手が感じること。相手を理解しようという想像力があって、手を差しのべた相手がそれを慈悲だと感じたとき、成立する。相手への想像力が支配欲を超える。

その大前提が、「相手のことは分からない」ということ。だから分かろうとする、想像する、全部分からなくても何かは分かるだろう、分かりたいと思うこと。そこに慈悲の核心がある。あなたのことは全部分かっているという能動的な言い方や態度だと、愛情はあるかもしれないが、どうしても支配が残る。だから相手は心を開かない。逆に分からないから教えて、聞かせてという受動的態度だと、相手は心を開く。「分からない」ということが、理解しようとする基本。

見合いの当日に初めて主人に会ったという檀家のおばあちゃんが何人もいるけど、彼女たちは本当に相手を大事に思ってきたし、亡くなった後も心から悼んでいる。それは、長年生活を共にすることで、苦労を分かち合ってきたから。人間関係で唯一頼りになるものがあるとすれば、利害関係を超越した関係、ある経験を共有したゆえの理解と敬意において成立するもの。この人に裏切られるんならしょうがない、この人と一緒ならお金が少なくてもいいや、と思える関係。敬意と愛情との決定的違いは、支配欲。尊敬する人には、思い通りにしたいという感情はわかないはず。愛の上に敬をつけて、敬愛。この敬の根本も想像力。その大前提が、『相手のことは分からない』。