長期的視点とダム経営 I

会計学の授業で扱ったケース、建設・鉱山・産業機械メーカーの老舗Harnischfeger社。シクリカル業界特有の低迷が長期化。1982年に倒産寸前まで追い詰められたが、2年後の84年に大幅黒字を計上。見事再生を果たし、その後も好決算を発表。88年には時価総額が82年の$65Mから約9倍の$555Mへ、営業利益も再生した84年の4倍にまで拡大。しかし、99年には民事再生を申請し倒産。一体Harnischfeger社に何が起きたのか、長期的視点について様々な考えが頭をよぎった数分だった。

会計政策

元々、保守的会計政策を採用していたが、早期黒字化が急務な企業再生局面では、刷新された経営陣は、利益をひねり出すため、原価償却や在庫評価法を他社と同じような中立手法へ変更。再生をアピールできたことで、エクイティ・ファイナンスが可能となり株式で得た資金を借金返済に回し、負債を大幅に圧縮。次に、本来は費用計上すべき勘定を資産計上するなど、会計基準を中立から積極的手法へ舵を切り、レバレッジもきかせ、好景気の波に乗りいけいけドンドンで大幅な利益を計上。しかしその中身は、製品が向上したというより、これまで貯蓄していた会計手法という名のダムから水をくみ出し、利益を捻出していたのが実態。好景気の影に隠れていた問題は98年以降、厳しい局面を迎えた時に表面化。枯渇したダムにはもうすくい上げる魔法の水がなかったため、あえなく倒産手続きへ。

最適化

ビジネススクールの学生が血眼になって求める最適解。例えば、ファイナンスでは企業はいくら借り入れるべきかなどの負債政策、オペレーションでは行列緩和や在庫管理コストなど、シンプルな条件下で最適解を求める。一方、シンプルな条件下なんて非現実的という反論に対し、モンテカルロシュミレーションなどのモデリングソフトを使って、病院人員のスケジュール調整、ポートフォリオ理論のEfficient Frontier、天候・収穫量など様々な不確定要素が重なる条件下で最適解をはじき出す手法も学ぶ。最も汎用性の高いMBA的武器を使い、不確実性という闇の世界をより正確に数値化。その魔力に学生だけでなく経営幹部も魅了され、判断要素の多くを委ねてしまいがちになる。

シクリカル業界

生産能力や需要特性のため、概ね下図のような特徴を持つシクリカル業界の需給曲線。つまり、需要曲線が少し動いただけで、利益率が大きく変動する特性。具体的には、好景気時はAのように高い利益率を享受できる一方、不景気になると価格がBのようにMC (Marginal Cost) 付近にまで下落、FC (Fixed Cost) を考慮すると、赤字に陥る。その状態が長期化すれば、体力のない企業は倒産・身売りの危機に直面。今回取り上げたHarnischfeger社は、まさにこの状況。


  • 人件費=FC: 特殊技能ゆえの高給賃金や、解雇した場合の機会損失コスト(好景気時に再雇用し、解雇した熟練工レベルまで教育する投資コストなど)を考慮すると、費用の多くを占める人件費は実質、固定費-> 長期的視点に立てば人件費を固定費から変動費に変更できない
  • 似た需要: 各社の受注は類似観測に基づく景気予想に左右、同じ時期に受注しているため買い替え時期も類似、新技術が開発されると待つという共通のインセンティブが作動、受注ゼロか大量のいずれかになりがち
  • 耐久財: 全体額が大きければ大きいほど、全体が複数の耐久財で構築されていればいるほど、欠陥が生じても部分的修繕で済ますため、新規受注には結びつかない特性