教訓

現在の金融市場で吹き荒れている問題の本質は、投資銀行モデルに代表される「過剰なリスクテイク(リスク管理の弱さ)」と、かなり割安な水準にまで到達しているはずなのに疑心暗鬼がもたらす買い手不在のサブプライム市場、つまり「信頼性(情報の非対称性)」。

リスク管理

いまのところなんとか生き残ったGSとモルガン。基本的にDNAは多少の自助努力では変わらないため、現在の投資銀行モデルを温存させたまま延命させると、必ずいつか牙を向く。そこで政府が考えた案が、別のDNAを組み入れて異なる生き物に変えること、つまり商業銀行のような形態(銀行持ち株会社)にして政府の目の届く範囲内におくこと。投資銀行では口出しできなかったリスク管理を、預金者の資産保全という名の下に、政府の管理下における。
一方、公的資金と引き換えに、投資銀行にとって金のなる木「ブラックボックス」を捨ててでも、政府の軍門に下らざるをえなかった両横綱。これにより今年6月にイギリス銀行協会 会長が言っていた「投資銀行の経営モデルは破綻する」が現実となった。

信頼性(情報の非対称性)

「開示情報なんて信頼できるか、裏にはもっと悪い情報があるはず」、こういう疑心暗鬼によって買い手が現れず、底なしの状態のサブプライム市場。根底には、各社によって異なる曖昧な評価基準がある。地価が上昇すればおおよその問題は解決するだけに、地価の上昇を待ってもいいんじゃないというソフトランディング路線と、今すぐ評価基準を厳格化して情報の非対称性を取り除こうとするハードランディング路線。日本も不良債権問題で同じようなことがあり、ソフトランディング路線から最終的には評価基準を厳格化。ハードランディング路線にギアを変え、結果的にはV字回復を果たした。
アメリカでも、市場に任せるのではくSECやFRBなど政府のチェック機能を強化し、情報の非対称性を取り除こうという流れが大きくなっているものの、業界の抵抗が強く、実現には至っていない。なお、情報の非対称性によって起こりうる「逆選択」、教科書でよく取り上げられる中古車と保険の例はWikipedia を参照。
 

救済案

いま議会でもめている政府の救済案。その本質は公的資金の規模というより、財務長官への絶大な権限。必要ならあらゆる種類の不良債権を、公金を使って言い値で買い取れる。それも議会や裁判所からの訴追なしで。現在の買い手不在の市場では、妥当価格が存在しないので、出身先のGSを救うため高く買ったとか、安く買ったなど非難される可能性が高いので、それを封じられる。これにより、実損だけでなく予想される損失も確定できる。情報の非対称性を解消するには時間がかかるため、財務長官の名の下に不良債権を一気に買い取り、細かな問題は買い取って後に処理しようという超短期決戦型の措置。

モラルハザードという副作用があるものの、サブプライム問題の早期決着を選んだ米政府と金融業界。前回紹介した権力の源泉ピラミッド、全てを満たしたかに見える旗振り役のポールソン長官。最も必要な資質は、3公社民営化を推進した臨調会長の土光さんのような信頼性・誠実さ。

懸念される点は、今回の大盤振る舞いがドル暴落への序曲になりはしないかということ。つまり。「モラルハザード」+「金融911」=「ドル暴落」。財政赤字貿易赤字に苦しむ中、AIG、米国住宅公庫、金融機関さらには、選挙期間ということもあり、GMなどの「ビッグ3救済」、「テロ対策」、「ハリケーン復興費」などの名目で政府が大盤振る舞いを始めると、議会はそれを阻止するどころか、便乗して拍車をかける。「自浄努力」と「小さな政府」を志向してきたアメリカ、その本能がどこまで機能するか、様子を見守りたい。

今後

  • 倒産: アメリカの問題に決着がついても、グローバル化によって拡散した不良債権。今度はスイス系の銀行が危ないとの噂も飛びかうなど、ヨーロッパ政府の対応次第ではもう少し時間がかかるかも。
  • モデル: 今回の再編劇で、銀行・証券・保険の垣根がより低下。方向性は総合金融業、ユーロバンキング体制。
  • ヘッジファンド型: 短期借入資金でレバレッジをかける投資銀行モデルに終止符が打たれたことで、残るハイリスク型モデルはヘッジファンド型。商業銀行とは異なり、破綻に対する備えがないため今後、多くのPE/ヘッジファンドが潰れていくだろう。しかし、市場においてそれなりの役割を担うほか、投資銀行にとって金のなる木だった「ブラックボックス」や限りなく黒に近い「グレーゾン」から利益を積み重ねることで、市場は拡大するだろう。