ZONE の世界-III

ZONEの世界を引き出す術

清水選手いわく、「ZONEの世界には、1シーズンに1回か2回、ここが勝負という時の試合に限ります。なにせ筋肉の消耗が激しいので」。超一流アスリートといえども、なかなかコントロールできないZONE。それを支配できるのが清水選手の最大の武器。神の域へたどり着く方法とは・・・

1) 会場入り前まで

あくまで僕個人だけのやり方かもしれませんが・・・エネルギーを溜め込むんです。しゃべりたくてもじっと我慢する。とにかくムダなエネルギーは使わない。余分な動きもしない。極端に言えば、スプーンを持ったり、口を動かしたり、そういう一つ一つを削っていく。紙を一枚めくる動作も含めてね、最小限の動きで抑える。自分の周りにカプセルがあって、その中に自分のエネルギーが溜まっていくという感じ。

ひたすら耐えてエネルギーを溜め込むんです。そりゃあ僕だって人の子ですから、不安になったり、反対にウキウキしたりして、友人や家族に電話したい衝動に駆られましたよ。でも、じっと耐えました。余分なエネルギーを放出しないためには、存在や気配を消してしまうことが一番だったんです。申し訳ないのですが、試合の前や試合中は会話をしたくないんです。集中しようとしている時は無視させてもらいます。

2) 会場入り後

視線は絶対に周囲と合わせない。動かせばドンドン情報が入ってくるので、目線はなるべく動かさない。そして、ナショナルチームウエアを試合直前に着ることで、「よしっ」という気持ちになる。気持ちの切り替えという意味で、あえてナショナルチームウエアは試合直前まで一切身につけないようにしているので。

3) リラックスするには「心臓の鼓動を落とす」

何か楽しいことを考えても、結局逃げたことになるのでプレッシャーを受け入れたことにはならない。プレッシャーというのは鼓動が高まっている状態だから、それを落とすのが一番。僕の場合、マッサージをされている筋肉のイメージなど、筋肉や体の部分部分をリラックスさせていく。レース直前にこれをやる。20-30分くらいかかるけど。

心臓の鼓動をコントロールし、落ち着いたら「よしっ」と初めて目を開けて、ゆっくり動き始める。そして、スタートの瞬間に、これまで溜め込んで封印していたエネルギーを爆発させる。いわゆる「スパーサイヤ人」。

4) ZONEの世界

真空管の中に入ったようになり、観客の声も、コーチの声も全く聞こえなくなる。無音の世界といった感じ。視線は、一点を見ているようで全体を見ている。だから全体がぼやけてしまう。全体を見ているんだけど、一点がフォーカスされたように浮き彫りになっている。「滑るべき光のライン」が現れるような感じ。

清水宏保さんとは: 180mlのコップに200mlの水を入れることができると信じている人

仮に「180mlのガラスコップに200mlの水を入れなさい」という課題があったとする。ほとんどの人は物理的に不可能と考えるが、清水選手は700℃以上の熱で溶かして、200mlのガラスコップに作り直すような人。運動生理学的な限界が頭にないからこそ、自身をスパーサイヤ人に創り変えられたのかも。そういう意味で、清水宏保さんとは「180mlのコップに200mlの水を入れることができると信じている人」。

清水選手いわく、「生命維持ギリギリのところまで自分を追い込んで見えるものというのは、動物的な感覚の復元なんですよ。だんだん五感が研ぎ澄まされていって、なんか動物に近くなるような感覚。もしかしたら僕らのやっているトレーニングというのは、後天的に埋め込まれた価値観を削ぎ落とし、人間が動物として本来持っていた感覚とか感触を取り戻す作業じゃないかと。そうするとなんか、今の社会には余計なものが沢山あるような感じに思えるんですよね。」