大局観の本質

車の運転では、初心者ほど視点は近く、うまくなるにつれて遠くが見えるようになり、運転も安定する。ブレーキを踏む場合でも、前方との衝突を避けるため我々は後方を確認せず躊躇せずに踏み込むが、F1ドライバー レベルになると、後ろから追突されないか、サイドミラーやバックミラーなどを駆使して立体的に判断する。そして超一流レベルになると、勘どころとして 走るべきラインが見えたり、追い抜くタイミング、いわゆる時流が分かるという。

今回は、このブログの切り口であり目の付け所でもある「大局観」。その本質について・・・

大局観とは

1) 把握の仕方: 局面全体 + 時流

将棋を例にすると初心者は、駒を一つ一つ認識。アマチュア初段の中級レベルは、矢倉囲いや4六銀型など部分的な塊として認識。プロレベルの上級者では、局面全体を一瞬で判断。トッププロは、流れで形成を判断。レベルがあがるにつれ、点-> 線-> 面-> 空間(流れ) というように碁盤全体だけでなく、「どういう展開でその局面に至り、このあと何が起こるか」も考慮に入れ、時流という碁盤の流れ、時間軸を伴った時空間で把握。

2) 時流の中身: 逆算 vs. 順算

初心者は、飛車や角をとるにはどうしたらいいかなど目標を設定して、そこから指し手を考える「逆算」型。一方、プロはある局面を見た瞬間、その局面が大局の中のどのような状態かすぐに分かって、どうしたらいいか結論が浮かぶ「順算」型。

大局観の本質: 時の本流を見抜く力

「順算」型の判断をするには、時流という碁盤の流れを把握することが先決。再度、一流の目線に立つと、大局観の本質とは、「時の本流を見抜く力」。その最適な参考書が以前ふれた易経

  • 古田敦也 名捕手いわく、「敵との駆け引きに没頭していると、味方がみえないことがある。例えばダブルプレイを狙って注文どおり内野ゴロに打ち取ったはずが、打球の方向を追うとそこには内野手がいなかった。キャッチャーは、常にグランド全体を見渡し、チーム全員の動きに気を配りながらプレーする必要がある。」
  • 臨床心理学者の河合隼雄文化庁長官いわく、「心理療法の現場で、患者はアルコール依存症と告げられたカウンセラーは、それが核心だと決めつけてしまい視野が限定的になるが、一流のカウンセラーは全てに平等の注意を払いながら『ぼーっと聴く』。大事なのは、何か一つの方向に収斂していくような集中の仕方ではなく、方向性を全て捨てた集中力。フロイトいわく、『平等に漂える注意力』。
  • オリックス 宮内会長いわく、「花の写真を撮る場合、花そのものにピントを合わせ、花を際立たせるように、競争に打ち勝つには、花そのもの、つまりコアビジネス・得意分野に特化するのがいい。しかし、経営者は日の当たり具合が変わったら、今は目立たない後ろの花が綺麗に輝くかもしれないとか、新しいカメラの性能なら向こうの花のほうが面白く写るかもかもしれないなど、めまぐるしく変わる天候や日進月歩で進化するカメラの性能なども考慮に入れて、周囲の風景にも注意を払う必要がある。だから私は、背景に関する情報をその道の専門家からできるだけ多く集めるようにしている。」
  • 羽生義治さんいわく、「若手は、簡単な一手を指すにも数百もの膨大な手を読んで指すが、ベテランは勘でパッと見当をつけて指す。パッパッと指す手には邪念がないから、基本的に悪くない。全体を判断する目、大局観、本質を見抜く力、ばらばらな知識のピースを連結させる知恵といってもいい。逆にいうと、余計な思考を省き、近道を発見するようなもの。その思考の基盤になるのが、勘、つまり直感力や感性。直感の7割は正しい。」
  • オリンポス・四戸哲社長いわく、『(ホンダジェットは、ホンダの経営陣が「やるぞ」と決断して始まったプロジェクト「ではない」ですからね。藤野道格という「ひとりのエンジニア」の欲求で始まったプロジェクトです。)・・・マンツーマンの指導を受けることで、前にお話しした飛行機を全体で見る「掴み感」が身に付きます。設計を見て、「あ、これはこうだ」「これは良い」あるいは「これは悪い」と、設計全体を大づかみに把握する「設計感」あるいは「評価感」といっても良いかも知れません。この感覚がないと良い設計はできません。これは、三菱重工MRJに欠けていた部分でもあります。なにしろ前にご説明したとおり、日本の航空産業は米国が無制限に開示する最新技術満載の図面を学ぶことで中毒になってしまいました。その結果、「学ぶのに長けた人」ばかりをエンジニアとして重用しました。そういう人は、「評価感」が身に付いていないんです。評価どころか「正解」だと決まっているものだけを見て仕事をするわけですから、評価の感覚なんて身に付くはずがありません。藤野さんの「よし、これで俺はとりあえず軽飛行機は設計できる」と思ったというエピソードは大変重要なマイルストーンです。なぜならば軽飛行機が設計できるスキルがなくて、旅客機を設計できるわけがありませんから。』
  • 惑星科学者 松井孝典さんいわく、「生物学というのは、現状では地球生物学にすぎない。今のところ、地球にしか存在しない特殊なものを対象にして研究している段階だから。生命が地球にしか存在しない特殊なものなら、生命の起源と進化は、おそらく将来も解けないだろう。宇宙において生命の普遍性を探るという視点、それが私の生命の起源と進化を考える基本スタンス。」
  • 宮本武蔵 五輪書いわく、「心眼で見る『観』で強く、目で見る『見』で弱く、遠いところを近くでありありと感じるように、近いところは遠くから大局をつかむように大きく広く見る。敵の太刀筋を悟り、太刀そのものは全く見ないことが兵法のツボ。」
  • 易経-風地観いわく、「風の地上を行くは観なり」。風があまねく吹き渡るのを観ることが洞察、洞察とは風を観ること。時は地上を吹き渡る風のように、常に変化して、流れ往き、目に見えず、言葉で聞くこともできない。しかし、人の言動や、世の中で起こる出来事、目に見える全てが、今はどういう時か、時はどこへ向かっているのかという法則性を示している。目に映るもの、体験する全てのことを通して時を知り、兆しを察すること。

大局観の盲点?: 鳥目

インコなど目が側面についている防御型の鳥は人間の視力の3-4倍、ワシやタカなどの攻撃型肉食鳥の視力は8-10倍といわれるが、その違いはどこから生まれたのか。それは、鳥が夜の世界を経ていないから。

恐竜全盛時代、哺乳類は夜の世界、鳥類は空の世界へニッチを求めた。夜行生活を選択した哺乳類から昼の世界へ戻った霊長類は、弱い光をとらえる視細胞を強い光をとらえる視細胞へ変えて、明るい場所での視力を改善させた。

一方、鳥はそんな必要はなかったので、強い光をとらえる視細胞を強化して、卓説した視力、大局観を得た。しかし、光の弱い闇の中では、鳥目になったとのこと。