易経IV-中庸

陰陽五行思想の基礎「中庸」

韓非子いわく、「人は自ら足るに止まることを能わずして亡ぶ」。陽の原動力ともいうべき「欲」、際限のない欲望、陽だけに偏りそれが度を越すと人は身を滅ぼす。ただ、欲を否定しては原動力となるエンジンが機能しないので、私利私欲をある程度認めつつも省み・省く(陰)努力をし、利他の部分も意識して作っていく。とりわけ、本能に根ざす陽が強い人は、陰を取り入れることで相乗効果を生み、陽がより活かされるよ。陰陽のバランス、調和の中にも変化がある状態。究極的には、中国の先哲が究明してきた状態、如何なる状況にあっても、偏ることなく、ぶれることも無く、固執せず、流されず、急ぐことも迷うこともせずに生きる道が「中庸」。

経営者に必須な要素として多くの方があげる倫理観(陰)と戦略(陽)。優れた戦略と高い倫理観が車の両輪となり、調和してはじめてまっすぐ走る。そして優れた社徳と高い収益性を長期的にバランスよく維持できる企業が、中庸の教えが説く理想企業かも。

これらをまとめた至言が、天地の卦にある「自強不息、厚徳載物」。中国の名門、清華大学の碑の裏に刻まれ、学校の精神ともなっている言葉。友人の書道家に書いてもらい勉強部屋に飾って毎晩眺め、日々反省している私の好きな片言隻句。

  • 「天行健なり。君子は以って自強してやまず」-天の運行(太陽)が一日も休むことなく健やかに刻々と働いているのと同じように、君子は努力を怠ってはならない。
  • 「地勢坤なり、君子は以って厚徳載物」-大地があらゆる生きとし生けるものを受け入れ、はぐくみ育てているのと同じように、君子は大きな心を持って、徳を高くし、度量を大きくしていかないといけない

易経以外で核心をついた表現:

  • 「人に接するときは暖かい春の心、仕事をするときは燃える夏の心、考えるときは澄んだ秋の心、自分に向かうときは厳しい冬の心」 言志四録 佐藤一斎
  • 「地の穢(ケガ)れたるは多く物を生じ、水の清めるは常に魚なし。ゆえに君子はまさに垢(コウ)を含み 汚を納(イ)るるの量を在すべし。 <汚い土には豊富な養分があるため作物が育つが、澄み切った清らかな水には魚はすめない。汚いものもあえて受け入れる度量を持ってこそ君子-> いわゆる清濁併せ呑むタイプ。>」 菜根譚

芸能人に当てはめると・・・

出演するラジオ番組などでの発言を巡り、所属する松竹芸能から謹慎処分を受けたタレント北野誠さん。「『毒舌』というイメージを抱かれている面があり、それに縛られてきた。長年の間に慢心し、いきすぎた表現をしてしまった。謹慎して、自分の話芸の未熟さを見つめ直したい」と釈明。陽を協調、ときには誇張して差別化をはからなければならないタレント。同じ毒舌でも愛情表現の裏返しとして受けとられる漫談家 綾小路 きみまろ さん。下積み時代を知る芸人仲間いわく、「きみまろ さんは昔から芸風は変わってないよ。変わったことといえば言葉の裏側が丸くなったことかな」。両者の違いが売れないときに体験した経験知の深さ、毒を中和できる陰の深さにあるような・・・。

私の尊敬する明石家さんま師匠。自分のビデオを必ずチェックし、(よく観察しているからこそ)後輩にダメ出し留守電を入れ、20代女性の流行も積極的に取り入れようとすることで、自然と失敗を回避する一連の流れ「自己を客観視->自己否定->自己変革」が促進。また、落語家としてスタートした下積み時代、桂三枝さんから自分が悪くなくても何度となく説教された20代を経て、決して人の悪口を言わない人柄を構築し、人気度では常にトップクラス。実像は知らないけど、たまに純粋培養され免疫力のないアイドルを泣かすこともあるけど、陰陽のバランスがとれた方なのかも。

果断・果決を経営者の苦渋の決断に当てはめると・・・

安岡先生の果断・果決、「実を多くならせますと、一番木が弱ります。そこでいくら惜しくても、思い切って実をまびかなければなりません。これを果断とか果決といいます。これは実生活には非常に難しいことでありまして、うかうかしておると花も実も駄目になるばかりでなく、木そのものが弱り枯れたり倒れたりいたします。」

1) 映画『Vertical Limit』

「果断・果決」は、山岳アクション映画『Vertical Limit』の冒頭シーンでうまく描写。

父・兄・妹の三人でロッククライミングを楽しんでいた際、他のクライマーが滑落。彼らのロープ(ザイル)が父親にかかり、上から妹-兄-父-他二人のクライマーが、一本のザイルに宙吊り状態。下で暴れる二人のクライマー、ザイルを支える岩に打たれたいくつかのボルトが重みに耐え切れず、次第に緩んでいく。冷静な父は一番上の娘に新たなボルトを岩に差し込むよう指示するが、もう少しのところで届かない。そこで、父は息子に「ナイフでお前の下のザイルを切れ」と命令。「やめて、お兄ちゃん」と泣き叫ぶ妹、「いま切らなければ、全員死ぬぞ」と息子に迫る父・・・。そんな緊迫したやり取りが数秒続き、ボルトが今にも外れそうな瞬間、息子の手は父の命じるまま動いていた。

心の奥底に「自分の手で父を殺した」という十字架を一生背負わねばならない兄。・・・それを経営者の立場に当てはめると、ザイルの下で悲しそうに見つめる従業員の家族、創業来の伝統、艱難辛苦も共にしてきた取引先。制限時間が刻々と迫る中、煩悩と情を捨てて人を切る勇気と、結果責任という名の悪夢にうなされる自責感。そして、少しの理解と大きな誤解が生み出す虚像、それが他人からの憎しみ・嫉妬心に増幅され、自身だけでなく家族にも及びかねない危険。逆に、虚像が生み出す過度の期待と能力とのギャップに嫌悪感すら覚える日々。これら孤独感を抱え込むだけの器がなければ、リーダーになる資格はない。

助かった兄・妹は、様々な葛藤を経て、再びK2登山チームで再開。そこで待ち受ける様々な苦難をどう乗り超えていくか・・・。上記の「果断・果決」は、3分以降の動画参照。

2) リーン生産方式

果断・果決や植木屋さんの剪定は、ムダを排除して付加価値を創出でふれた考え方。

「原材料に付加価値をつけていくプロセスだけを抽出し、それ以外は排除する」というリーン生産方式。「贅肉がとれた」を意味するLean(リーン)を用いて命名されたが、トヨタ生産方式の発明者 大野耐一氏の言葉を借りれば、「顧客の注文を受けてから現金を手にするまでの時間の流れを見て、付加価値を生まないムダを取り除くことで、その時間の流れを短縮する」

作業工程を改善する場合、付加価値を生みだす生産設備をいじくりがちだが、付加価値を生む行程の割合は通常、非常に小さいので、その部分を改善しても大した効果はでない。付加価値を生まないムダを排除するという、もっと大きな改善チャンスに多くの人は気づかない。

50歳を超えたチンギス・ハンが20代の若者に一目ぼれ、後に宰相となった耶律楚材(ヤリツソザイ)いわく、「一利を興すは一害を除くにしかず、一事を生かすは一事を減らすにしかず」。一つの良いこと新しいことをやるよりは、一つの悪いこと不要になったものを取り除いていく方が効果的、という意味。その際、剪定と同じように、理想的・長期的な姿をイメージしたうえで木の生長にとって大切な肝となるところまでも切り取ってはいけないよ、長期的視点から陰陽のバランスをとりなさい、という意味。

3) 鬼手仏心

経営者の実像を描写した言葉「鬼手仏心」、仏の心があるからこそ、鬼の手が使える。映画『Vertical Limit』で「果断・果決」を下した父・兄。心の片隅に許せない気持ちを抱いていた妹。K2登山チームで苦難を乗り越えた後、映画の終盤の表情から察するに、兄の「鬼手仏心」が素直に理解できるようになったのではという印象。